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3.飛鳥時代の瓦

崇峻天皇元年(588)、わが国で初めての寺造りが始まりました。寺の名を飛鳥寺と言います。この寺を造る時に百済から各方面の技術者が渡来しました。その中に瓦博士とか瓦師と呼ばれた4人の瓦作りの技術者がおりました。彼等が作った瓦の文様は、当然のことながら当時の百済で使われていたものにそっくりでした。

わが国では飛鳥寺の建立をきっかけとして、法隆寺(若草伽藍)、豊浦寺、四天王寺というように次々と寺が建てられていきました。

瓦の文様にもいろいろなものが見られるようになります。蓮弁の中央に1本の線が入り、蓮弁と蓮弁の間に珠点がおかれるもの、あるいは獣面を飾ったもの、これは高句麗の要素をそなえたものと考えられております。また蓮弁の中央に1本の線が入いり、中房の周囲に溝がめぐるものが作られたりしますが、これは古新羅の影響を受けたものでしょう。

このように、初期の瓦は百済、高句麗、新羅3か国の影響を受けたものが多く見られますが、この他にも多種多様な文様が見られ、蓮弁の数も6弁、7弁、9弁、11弁というようにバラエティーに富んでいます。また、この時代にすでに法隆寺と坂田寺で軒平瓦が使われています。文様は型によらず、瓦に直接彫っています。



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